磯一グループヒストリーその5「USJのオープンすら知らない忙しさ」

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磯一山田店山田店がスタートしてからの当初1年くらいは、テレビや新聞を見ることすらないような生活でした。嘘のよう話ですが、大阪にユニバーサル・スタジオ・ジャパンが出来たことすら知らず、お客さんに「えーーーっ!?」と驚かれたこともありました。まるで、その期間は日本国内にいなかったようなものです。
それだけ忙しいということは、お店の売り上げもその分良かったのは事実です。だからこそ、忙しくても頑張れました。
当初の予想よりかなり良い売上が続けば、商売を始めた値打ちもあるというもので、もっともっと頑張りたいという気持ちになったものです。
何せ、山田店を開業した物件は何をやって続かず、お店が出来れば潰れるという「呪われた物件」でした。よく、そういう物件てありますよね。不思議なほど、何ができてもすぐに潰れてしまうような建物。
山田店もそんな物件で、しかも当時は周りに田んぼしかないような場所だったので、周りの人には反対されたものです。そんなところで商売をしてうまくいくはずがないと思う人も気持ちも、今になってみれば真っ当だと思います。
そんな経緯で始めたお店だっただけに、反対していた人たちは驚きました。それよりも、誰よりも本当に驚いたのは私だったんですけどね(笑)
その後も売上は、前年の同月よりも100万円ずつアップするという成長段階に入りました。しかも、何も宣伝はしていないので、宣伝費はゼロです。

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