ファミレスの深夜営業見直しについて思うこと

こんにちは、中野です。
いよいよ春はもうすぐ、いえ春が来たと思うような日も多くなってきて、何だか気分も開放的になってきますね。
私たち日本人は桜が咲いてこそ初めて春だと思うような部分があるので、桜が咲くのを楽しみに心待ちにしています。

最近、外食産業にある傾向が見られます。それは、ファミレスの深夜営業が続々と取りやめになっていることです。24時間営業をしていたファミレスが0時までになったり、11時までになったり、と営業時間を短縮しています。
私が若い頃はファミレスといえば、夜中に友達と粘れる居場所としておなじみでしたが、今の若い人はファミレスで夜中に粘るということができなくなってきているわけです。

これには、いくつかの理由があります。
最大の理由は、24時間営業の人材を確保するのが難しくなってきていること。深夜労働は法律の制約がある上に人件費が高くなるのですが、それに見合った来客があるかというと、そうではないようです。私のように深夜のファミレスで粘るというようなことをする人が多ければ、そう思われても仕方ありませんね(笑)
もうひとつの理由が、客足の変化です。同じく深夜営業が売りのコンビニに客足を奪われていて、それが深夜営業の意味合いを薄れさせているんだとか。コンビには物販店で、ファミレスは外食店です。この両者がバッティングするのかと思いきや、今ではコンビニで美味しいコーヒーが飲めたり、お酒や食べ物、スイーツなど何でもあります。これを家に買って帰って食べられてしまっては、ファミレスは商売上がったりです。

若い人の消費がスマホに向かってしまい、クルマなど他のものに回らなくなったと指摘されて久しいですが、ファミレスに行くくらいならコンビニで食べ物や飲み物を買い込んで家でスマホゲーム・・・というライフスタイルの人が多くなれば、ファミレスが夜中に魅力を感じなくなるのは当然でしょう。

これは居酒屋にも言えることで、お酒を飲まない人、飲む人であっても外で飲まない人が多くなったことで大手の居酒屋チェーンが苦戦を強いられています。
深夜に外をウロウロするのも良し悪しですが、あまり家にこもってばかりいるより外に遊びに行きたいと思わないのかな、というのは古い考えなのかも知れませんね。

仕事がキツいかどうかは、考え方次第

こんにちは、中野です。
三寒四温真っ只中ですが、日差しが出ている日は暑く感じるくらいになってきたので、いよいよ春ですね。
春と言えば、新社会人など新しいことを始めるシーズンです。それにちなんで、ちょっと面白い話を聞いたのでご紹介しましょう。

最近ではあまり言われなくなりましたが、3Kという言葉をご存知でしょうか。キツい、汚い、危険という言葉の頭文字を取ったもので、若い人に敬遠されがちな職業の3大要素と言われました。
その槍玉に上がったのは、建築や土木で、その後は介護関連や飲食業なども似たようなイメージで捉えられることもありました。こういうイメージが広まると、当然その業界で働いたことのない人は敬遠するでしょう。同じ働くなら、楽なほうがいいというのは最近特に強くなっている傾向ですから。

そんな折、ある建築関係の社長さんから聞いたお話があります。その会社は建築の基礎部分や構造部分の溶接工事を得意としていて、仕事内容はほとんど職人の世界だそうです。
職人さんの高齢化が問題になっていて、若い人がなかなか続かないというのがお悩みでした。以前に言われていた3Kという言葉のイメージも、やはり影響しているそうです。
しかし、考えてみてくださいと聞いたその先が「目からウロコ」でした。

建築現場での溶接作業なので、雨が降ったら仕事になりません。つまり、実質上お休みです。そして暗くなったら工事現場は仕事ができないというのも常識なので、残業もありません。土日は発注元であるゼネコンが休んでいるので、工事はなくお休みです。
つまり、休日に関してはこれほど安定していて「楽」な職業はなかなかないというのです。
また、危険作業が多いというイメージがありますが、最近ではコンプライアンスの強化によって、事故が起きることをゼネコンがとても嫌がります。そのため面倒だと思えるほど安全対策も徹底しているので、大きな事故が起きることは本当に少なくなっているんだとか。その社長曰く、「道を歩いていて車が突っ込んでくるリスクのほうがよっぽど高い」
んだとか、言われてみればそうかも知れませんね。

その一方で、大卒就職人気ランキングで上位の常連だった電通で、あんな痛ましいことがありました。正常な判断ができなくなるほどの残業、残業。そして最後は自殺するという、仕事に殺されてしまったような事件は、世の中に衝撃を与えました。
それと同時に、広告業界ではこんなこと珍しくないという事実がボロボロと出てきましたね。
この社長が最後に付け加えていた、「どっちが3Kか分からんでしょ?」という言葉にも説得力があります。
さすがに飲食業はそこまでキツい仕事だと思われていませんが、職業選びをイメージだけでするととんでもない誤解をしてしまうものだと痛感しました。
磯一グループで働くことをお考えの方は、私のブログや当社のホームページ、はたまた実際の店舗を見てスタッフのいきいきした姿を見て判断してもらえたらと思います。

直接会話しなくても伝わる、料理のコミュニケーション

こんにちは、中野です。
まだまだ寒い日が続きますが、3月に入って少し暖かい日も多くなってきました。
ここからは三寒四温の、体調管理が難しい時期になりますので皆さんもお体ご自愛ください。

先日、磯一の店舗に来られたお客様からある評価をいただきました。
その方は大のお魚好きで、海鮮料理を楽しめるお店を探しては食べ歩くの大好きという方です。この時点で、かなり口が肥えている方というのは想像できますね。
その方から、磯一の料理について刺身がとても美味しかったという評価をいただきました。もっと正確に言うと、「美味しかった」だけではなく「楽しかった」という評価つきでした。
この「美味しかった」という評価だけであれば、お口に合って良かったということめでたし、めでたしになるのですが、「楽しかった」というのが印象的でした。
この方曰く、和食は見て楽しむ要素があるので、その意味でも楽しませてもらいました、ということでした。

これは、私もとても共感する部分です。
寿司職人からこの世界をスタートさせた私は、働いていた寿司屋で見た目の大切さを学びました。人間は味覚だけでなく、視覚的にも好感を持ったものにおいしいというポジティブな感情を抱くものだということは、寿司職人をしていてもよく分かりました。
だからこそ、磯一グループ各店では器や盛り付けにもこだわっています。

以前にスタッフが、仕事のやりがいをインタビューされた時に盛り付けの話をしたことがありました。料理人なので直接客席に行ってお客様と話す機会はそれほどありませんが、盛り付けた料理が運ばれて行って、客席から「おーっ!」という声が上がると、ガッツポーズものだと話していました。
直接会話をすることがあまりなくても、盛り付けで勝負をして、それがお客様に伝わった瞬間ですね。これも立派なコミュニケーションです。

このお客様が「楽しかった」と言って下さったのは、そんなコミュニケーションが伝わったからだと思いました。直接相対することはなくても、料理人が心を込めて作ってお出ししたら、こうやって楽しさとなって伝わるんですね。
何だか、とてもホッコリするエピソードでした。

「居酒屋は人手不足」という一連の報道に物申す

こんにちは、中野です。
もう春はすぐそこですが、まだまだ寒い日が続きますね。この時期は雪が降る日と暖かい日が交互のようにやって来るので、雪国では雪崩が起きやすくなります。
なかなか素直に春を迎えさせてくれないのが、自然というやつでしょうか。

今回は、居酒屋を含む外食産業の人手不足について思うところを述べたいと思います。テレビや新聞をはじめ、ネットなどで外食産業の人手不足は色々な形で報道されています。印象的なのはファミレスが24時間営業を止める動きを見せていることでしょうか。もう24時間営業を続けても人件費が高くなるばかりで、客足はコンビニに奪われているというのがその理由だと語られています。
これが外食産業の現実であるという論調も散見されますが・・・これって、本当でしょうか?
同じ外食産業でもファミレスと居酒屋ではお客さんの目的も違いますし、営業時間の考え方もまるで異なります。最近では24時間営業の居酒屋も登場していますが、これもファミレスとは訪れる人の中身がまるで違います。

そこへもってきて、居酒屋の人手不足報道です。
確かに、どこも慢性的な人手不足であることは否めません。それは磯一グループも例外ではありません。
その理由として仕事がキツい、求められるレベルが高い、精神論がまかり通っている・・・etc。他にも悪口のオンパレードなので、これを見ただけの人が居酒屋を自分の職場、バイト先にしようとは思いませんよね。
おそらく私も、これだけを見たらそう思います(笑)

こうした報道や記事が、それでは本当の居酒屋の現場を正しく伝えているかというと、おそらくそうではないでしょう。事実、こういった記事を作成するために取材を受けたことはありません。他の居酒屋チェーンを運営している人のところにも、誰も来ていません。
つまり、想像で書いているか、もしくは居酒屋を辞めた人が恨みつらみも込めて書いているのでしょう。

飲食店には、この仕事を一生の仕事にしたいという人が集まっています。これは居酒屋だけでなく、あらゆる業種にも共通しています。ラーメン屋さんはそれが表に出ているので、カリスマ的な経営者のもとに信者といっても良いような人が集まって修行をしている様子がカウンター越しにも見て取れます。
この人たちに、「キツくて割に合わない仕事ですよ」と横やりを入れるのは、大きなお世話ですよね。本人たちはラーメンを究めたい!という強い思いを持って毎日の仕事に取り組んでいるのですから。

何事も真実というのは、その中にいないと見えてこないものです。
磯一グループで頑張っているスタッフの姿を見ていると、報道や外から見たイメージと現実との違いを強く感じます。

磯一のイメージ通り?女子会のお客様

こんにちは、中野です。
最近はポカポカとした陽気の日も多くなって、春が近づいていることを感じさせてくれますね。もう何億年も続く自然の営みには、本当に狂いがないものだと改めて思ってしまいます。

さて、今回は最近の磯一グループ各店で本当に多くなったと感じる女性のお客様についてお話したいと思います。磯一グループ各店はオフィス街やターミナル繁華街、住宅地など店舗の所在地によってお客様の雰囲気もさまざまです。西梅田や新大阪の店舗はオフィス街が近いので会社勤めの方が多いですが、その一方で山田店などは住宅地ということもあってご近所のお客様が多いように感じます。
住宅地にある店舗であれば女性のお客様が多くなるのは不思議なことではありませんが、その他のオフィス街に近い店舗でも女性のお客様が実に多く、従来の居酒屋というイメージは昔のものになっているのかなとも思います。

女性だけの飲み会のことを、少し前から女子会と呼ばれるようになりました。これって実に良い言葉だと思います。女子会という名目があれば飲み会で集まりやすいですし、敢えて男性がいないことで女性だけで盛り上がれるようなお話も楽しめるはずですから。
かくして磯一グループ各店では女子会のお客様が実に多くなり、グループ各店自慢の海鮮メニューを楽しんでいただいています。

もともと、海鮮系の料理というのはローカロリーで高たんぱく、そしてコラーゲンなど女性のお肌に必要な栄養素を多く含んでいるものが多く、健康面や美容の面で女性から好まれるということはありました。
今ではそれがほぼ常識になり、女子会で食べるなら海鮮料理というのが定番になっているという方もおられます。

これも今や昔のイメージとなってしまいましたが、女性のお客様というのはあまりお酒を飲まないという印象がありました。それが今や昔話になっていることは、多くの方がご存知の通りです(笑)
磯一グループの料理はお酒に合うようなものが多いので、お酒を楽しむ女性が多くなるということは、女性のお客様が磯一グループ各店に多くお越しになるのは当然のことかも知れませんね。
食べログなどの口コミサイトにも、磯一グループ各店に女性のお客様がお越しになり、たくさんの口コミを投稿していただいています。女子会のお客様もどしどしご来店くださいね!

続々と再登場する往年のアイドルに見るプロ根性 後編

こんにちは、中野です。
20年以上の時間を経て再登場している往年のアイドルに見る志事のお話、その続きです。

輝いていた当時の面影はどこへやら、すっかり老け込んでしまった往年のアイドルを見て、「整形しているから年を取ると劣化する」と言う人がいます。
これは意外に多くの人が持っている意見ですが、その人が美容整形の手術を受けていたかどうかの真偽が分からない以上、それを検証する術はありません。
美容整形の専門家に言わせると、これには少々疑問があるそうです。なぜなら、美容整形で美しい容姿を得た人が劣化するということが事実だとすると、同じような年齢に差し掛かった人は同じような劣化をするはずだからです。
美容整形大国と言われる某国で、ミスコンテストに登場した女性たちの顔があまりにも似ていると話題になったことがありました。これはまさに美容整形の結果によるもので、同じような顔を目指した結果、同じような顔の女性だらけになるのは当然のことです。
往年のアイドルたちの容姿を見ていると、その当時の面影はありますし、それぞれが全く別の顔をしているので、仮に整形手術を受けていたとしてもそれぞれの人の特徴を残す程度のものだと思って良いでしょう。
また、整形手術を受けるほどの美意識を持っている人が20年以上も姿を消していた表舞台に再び登場して、「劣化した」と言われてしまうような容姿で出てくるかというと、それも疑問です。
「整形をしたから劣化した」というのは一種の都市伝説のようなもので、「芸能人の美しさなんて整形次第」という先入観や固定観念もあるのではないでしょうか。

では、往年のアイドルたちの「20年後」についてこれほど明暗を分けた本当の理由は何でしょうか。それはずばり、この期間をどう過ごしたかという意識と生活習慣です。
もう今さら言うまでもないことですが、人の美しさを決めるのは外見的な要因だけではありません。美しい容姿は健康な心身に宿るもので、心身が不健康な状態でどんなに施術をしたとしてもその美しさがその人のものになることはありません。

そうです、20年経った今も美しい往年のアイドルたちは、この20年間を使ってしっかりと自分磨きという志事をしていたのです。今も美しいその姿というのは、この期間をどのように過ごしたのかという成績表のものだと言っても良いでしょう。
自分磨きと一口に言っても、その中身は実に多岐にわたります。食習慣や睡眠、日々のケアやストレスのコントロールなどなど。こうしたさまざまな要因が関わり合って、その人にしか宿らない本物の美しさが表に出てきます。

これはまさに、志事という努力が実を結んだ結果だと思います。こうして手に入れた美しさはその人にしっかりと宿り、40代から先の人生にもずっと輝きをもたらしてくれることでしょう。
再登場する往年のアイドルは決して過去の人ではなく、本人たちの志事によって現役バリバリのアイドルでいられるのです。

続々と再登場する往年のアイドルに見るプロ根性 前編

こんにちは、中野です。
相変わらず続く冬本番、インフルエンザも猛威を振るっているようですが、皆さんいかがお過ごしでしょうか。
今回は、最近よくテレビで見かける人たちについて気づいたことを書きたいと思います。ちょっと長くなったので、2回に分けます。

今から20年ほど前に活躍していたアイドルの人たちが、続々とテレビなどの第一線に登場しています。「あの人は今」という感じの企画ではなく、往年のアイドルが一世を風靡した歌をステージで披露するという感じの番組が多くなっているので、そういったところに続々と登場しています。
この世代のアイドルが活躍していた当時の日本はバブル景気もあって芸能界も派手さを極めていたように思います。そんな時代に青春時代を過ごした人たちも40歳以上の年齢を迎えて、当時を懐かしむような思いでこうしたアイドルの姿にチャンネルを回してしまうのでしょう。
しかし、そんなアイドルたちの姿にも明暗があることに気づかされます。

あんなに可愛かったあの人が・・・と思ったことはありませんか?
具体的な名前を挙げると問題がありそうなので敢えて伏せておきますが、20年ほど前にはカリスマのように扱われていた女性たちが妙齢を迎えて、「これ、テレビに出なかったほうが良かったのでは?」と思えるような状態になっている人も少なからずいます。
もちろん、そのあたりはさすがに芸能人。大半の女性たちはさすがと思えるような容姿をしっかりとキープしてテレビに登場していますので、そういった人たちとの明暗があまりにもくっきりと表れています。
往年のアイドルが40代以上の年齢になって再びテレビの第一線に登場するのは、かなりの勇気がいることだと思います。どうしても当時の自分と比べられてしまいますし、テレビ局にはその当時の映像が残っているのでそれを流されることもあるでしょう。そんな「輝いていた自分」と戦わなくてはならないのですから、その努力と決意たるや、半端なものではないでしょう。それほどまで芸能界というのは第一線にいることが魅力的だとも言えます。
では、これだけ明暗がくっきりと表れてしまったのは一体ナゼでしょうか。
そこには、彼女たちのたゆまない努力、私の言い方にすれば志事があったのでした。
(つづく)

敢えて失敗してみるという思考法

こんにちは、中野です。
まだまだ冬真っただ中、寒い日が続いています。
居酒屋を経営する立場としては、やはりそれぞれの季節らしい気候になってくれたほうが旬の味を楽しんでいただけるので、冬はしっかりと寒くなってくれるのが一番だと思っています。

さて、今回は人の成長についてのお話をちょっと久しぶりにしてみたいと思います。今回お伝えしたいのは、「失敗」についてです。
人は完璧な生き物ではないので、必ず失敗します。これは仕方ないことなので、失敗しないことを目指しても意味がないと思っています。
もちろん、失敗しないようにする努力は必要です。限りなく失敗をゼロに近づけていく努力は、人として永久に続けていくべきだと思います。
私が大切にしたいのは、その失敗についての考え方です。失敗することよりも、失敗を何も生かせていないことがもっと大きな問題からです。
失敗は成功の母という言葉があります。1つの成功の裏にはたくさんの失敗があるというのが真実なので、失敗をいかにうまく生かしていくかがその人の成長に深く関わっていると思います。

私は現在の磯一グループを立ち上げる前に、寿司店をやっていたことがありました。20代という若さもあって努力はしたつもりですが、うまくいきませんでした。
その時に志事と死事という2つの大きな違いに気づいたわけですが、その気づきが得られたのは失敗があったからです。この時の失敗がなければ、今の磯一グループという存在もなかったことでしょう。

失敗を恐れるのは悪いことではありませんが、恐れすぎるというのはチャレンジ精神を削ぐことになってしまいます。
そうではなく、失敗から何かを学んで同じ失敗をしなければ良いと言う思考が大切です。
ある知り合いの社長が、次々と新しいことをするのですが、その大半が失敗している様子でした。そんなに失敗続きでさぞや落ち込んでいるのかと思ったら、今のうちに失敗を何度もしておいてそこからどんどん教訓や気づきを得ているのだと言っていました。わざと失敗するのではなく、「仮に失敗しても、そこから何かが得られれば問題なし」という考え方です。
これなら社長自身はもちろん、社員の人たちも失敗を恐れずどんどん新しいことにチャレンジできますよね。事実、この会社の社員さんはとてものびのびと仕事をしているように見えます。

失敗を恐れるのではなく、そこから学ぶ。この精神は人としての成長に大きく関わっている重要な部分です。
磯一グループで働くスタッフにも、失敗から学ぶ尊さを伝えていきたいと思います。

陥没に気づいた志事、穴をふさいだ志事

博多 陥没 志事

こんにちは、中野です。
いよいよ冬将軍が本気を出してきたようで、大阪も寒い日が続いていますね。
雪国では死者が出るほどのドカ雪が降ったりしているので、将軍が大暴れしています。
本当はこの話は去年に書こうと思っていたのですが、とても心に残った一件なので書いてみたいと思います。
去年の11月に、博多の市街地ど真ん中で大規模な道路陥没があったことを覚えている方も多いと思います。まるでブラックホールのように、道路に開いた穴に交通標識や信号機などが吸い込まれていく映像に恐怖すら感じました。
これだけの「大惨事」が起きているのに、奇跡的にけが人が出なかったということも、とても象徴的でした。私も通ったことがありますが、博多の駅前にあるメインストリートのような道なので、そこを通っている人がいなかったことがとても不思議でした。
よくよくこのニュースを深堀りすると、この奇跡は決して偶然ではなかったことが明らかになってきました。

この陥没は、現場の作業員がかなり早い段階で察知していました。
これは危ないということで立ち入り禁止にすることを具申して、その措置が犠牲者を防いだのです。現場の人たちの安全に対する意識の高さと、その現場からの声をしっかりと聞き入れて立ち入り禁止の措置をとった責任者も大したものです。
もし、これが単なる杞憂に終わっていたとしても、この判断を非難してはいけなかったと思います。
これは、現場の人たちによる素晴らしい志事の成果ですね。

それともうひとつ、この陥没事故では素晴らしい志事がありました。
そちらはご存知の方も多いと思いますが、あの復旧の速さです。見る見るうちに穴がふさがれ、舗装され、何も無かったような状態になったことには世界も驚愕しました。
本当にここに巨大な穴があったの?と目を疑いたくなるような光景だったので、とても印象に残りました。
日本の土木技術は素晴らしい!という論調も多く、確かにその通りだと思いましたが、それ以上に現場の人たちの心意気を感じました。
もし私がこの現場に関わっていたとしたら、「これだけ注目されていることやし、一丁プロの仕事を見せてやるか」という気持ちになったと思います。ここは頑張りどころだ、としてモチベーションが上がったと思うのです。
私が思うに、この陥没事故の現場でも似たような意識が共有されていたのではないでしょうか。だからこそあれだけの速さで穴がふさがり、前よりもきれいな道路になったんだと思います。
日本の技術力の素晴らしさと同時に、この現場の人たちの志事に対する心意気も素晴らしかったと思います。

今年の一文字の志は、「確」+「思」です

こんにちは、中野です。
新年は磯一グループで必ず、今年のコンセプトとして「一文字の志」を決めています。
去年は「確」という字にしました。その時の決意表明がこちらです。

そして今年、平成29年はというと・・・
去年と同じ「確」に加えて「思」としました。

磯一 中野 平成29年 一文字の志

一文字の志なので本来は1つの字にしないといけないのですが、今年は例外で2つです。
それには、理由があります。

去年の「確」という字には、これまで積み重ねてきたこと、取り組んできたことを確かなものにするという足場固めという意味を込めていました。
「確」という字には「しっかり」という読みもあるので、しっかりとしていくというコンセプトですね。去年の記事を見ても、「今あるものを大切に、しっかりと足場を固める」という記述があります。
今年もこの字を使ったのは、この目標がイマイチできていなかったという自己反省があるからです。まだやったことがないことへチャレンジすることよりも、今あるものに感謝して足場を固めるというのは実は難しいと思います。なぜなら、「今あるもの」というのはあまりにも身近過ぎて目に見えにくいからです。
その反省を込めて今年も「確」という字を掲げたのですが、なぜ去年それがイマイチできなかったのかを考えた結果、足りなかったのは思いではないか?という結論に至ったので、「確」+「思」です。

毛筆の色紙にプラスの記号を書くのはちょっと違和感あるかも知れませんが、2つの文字を合わせることで目標達成に近づくのではないかということで、プラス記号にも登場してもらいました。

強い思いを持って、今あるものを確かにしていく―。
そんな磯一グループをイメージしていただければと思います。