続々と誕生する「横丁」がブームになっている理由とは?

こんにちは、中野です
今回は飲食業を営む者として、外食産業で顕著になっているトレンドのお話をしたいと思います。

最近、「ナントカ横丁」という名前の小さなお店が連なっている形態の飲食店を見ることが多くなったと思いませんか?
本当に横丁と名前がついているところを探すのが難しいほど、「ナントカ横丁」は多くなりました。
こうした横丁形式(?)の飲食店が目立って多くなっているのは感覚的なものではなく、実際に増えています。
おおむね形態は同じで、カウンターのみ、もしくはテーブルが2~3程度という小規模な飲食店が集まって通りになっていたり、同じ建物の中に連なっていたりと、1つの大きなお店ではなく小さなお店が集まっているのが特徴です。
大手の外食チェーンも参入してきているので、この流れは当面続きそうです。そこで浮かぶのが、「なぜこんなに横丁が人気なの?」という疑問です。

かつて「屋台村」という業態がブームになったことがありました。今ブームになっている横丁も基本的な形は同じなので、どんな時代でも常にこうした業態のお店に対するニーズがあるということだと思います。
それに加えて、大人数の外食が減っているという社会的な傾向も関係しているそうです。会社の飲み会で部署の全員が居酒屋に集まったりといったことが少なくなっているのは、磯一グループの店舗でも見て取れる傾向です。
ではこうした人たちが居酒屋に行かないのかというとそんなことはなく、気心の知れた数人程度、もしくは一人でお店に行くことが多くなりました。一人でお店に入る場合、大きな居酒屋よりも横丁形式になっているお店の方が入りやすいのだ、と分析する人もいます。
これは私も、一理あると思います。

さらに、横丁形式のお店に来ている人で目立つのは、若い人です。
大阪にも「裏難波」や「裏天満」といった裏ナントカという飲み屋街があってブームになっていますが、こうした街にも横丁形式のお店があるというケースが目立ちます。
こういう街には若い人が多くやって来るのですが、若い人たちにも横丁形式のお店は支持されています。安い(安く見える?)ことや、比較的賑やかな雰囲気なので仲間内でワイワイやってもあまり迷惑になりにくいなど、居心地の良さを感じるのかも知れません。
この傾向は特に都市部で見られるものなので、若い人たちがSNSに疲れてレトロな雰囲気に惹かれるのではないか、と見る向きもあるようです。

最近では「家飲み」や「イートイン飲み」が流行っていると言われることも多いですが、こうした横丁形式のお店に足を運ぶ人が多いことは喜ばしいことだと思っています。
家やスーパーのイートインスペースで飲む人が多くなると、外食産業は商売になりませんから(笑)
スーパーのイートインスペースについては私も注目しているトレンドでもあるので、またの機会にお話をしたいと思います。

今回もちょっと教育論を打ってみます

こんにちは、中野です。
先月にちょっと真面目に教育論を語ってみましたが、その続きを今回もやってみたいと思います。
教育論なので子どもを育てるためのメソッドですが、そこには社会人として、人として成長していくためのヒントがたくさんあります。
ちょっと長いですが、お付き合いください。

人が人格を形成していく幼児期は脳や運動能力、そして人格に大きな影響を与える感情や社会性、意欲、協調性、粘り強さ、忍耐力、計画性といった非認知能力の土台が作られる時期です。
そのため教育熱心で、家計に余裕のある両親の中には幼児教育のスクールに子供を通わせたり、英語を習わせたり、運動教室や音楽やダンスの教室に通わせたりする人もいます。
幼児は大人に比べてリズム感があって、音を聞き分ける能力に長けているため、幼児期から英語を学ばせることによってネイティブな英語を話せるようになったり、音楽やダンスの教室に通うことによって音感が鍛えられることも知能がアップすることもあります。運動スクールによって筋肉がよく発達することもあります。
しかし一方で、幼児教育の仕方によっては子供が勉強嫌いになってしまったりすることもあります。英会話や運動、音楽などのスクール通いは子供の要望というより両親の希望によって行われるため、子供にはプレッシャーになってしまう場合があります。
親から与えるのではなく、子供に興味を持たせて好きにさせることが大事です。子供は興味を持つことについては一生懸命になります。そして好きなことを一生懸命することで集中力が鍛えられます。さらに好きにさせることによって自分で工夫したり、さらに興味を持つことで、創造性や探求心が養われます。幼児期の脳は楽しいと感じることによって刺激され、脳の発達が促されます。そのため、スクール通いにしても子供が楽しいと感じることが大事です。
これって、全くもって大人にも同じことが言えます。「気づき」の大切さですね。

興味を持って始めたことでも、大人に比べて身体のコントロール力もなく、また忍耐力や集中力がないため、うまくできなかったり、失敗してしまうことがあります。そのとき子供に対して否定語を使用しないことが大切です。
人は否定されるとそこで委縮をしてしまい、せっかく興味を持って始めたことであっても、興味を失くしてしまう場合があります。また否定されたことによって「無理」や「できない」と脳がレッテルを貼ってしまうと、思考能力や記憶力が低下してしまい、その結果、できることでも失敗したり、倍の時間がかかったりします。
特にまじめな性格な人の場合、萎縮してしまう傾向にあり、自信をなくしてしまう場合があります。何か失敗しても否定せず、見守ってあげることが大事です。なお、子供が失敗したとき、「がんばれ」といった励ましをしても、子供にはどうがんばったらよいのか知識がないため、逆にとまどってしまう場合があります。子供が失敗してやり方に戸惑っている場合はヒントを与えるなどして背中を押してあげるようにしましょう。背中を押すとき、あまりヒントを与えすぎたり、代わりにやってあげたりすると、子供はやってもらえるという依存することを覚えてしまいます。すると子供の自立心が伸びなくなってしまいます。子供の手助けをする場合は、あくまでサポートに徹して自分でさせることが大事です。
これもやはり、否定せず、考えて、答えを出すという人の成長と全く同じ考え方です。

子供を育てることと、組織の中で人を育てること。
あまりにも共通点が多いので、こうした教育論はとても参考になると思います。

成功することは手段であり、目的ではない

こんにちは、中野です。
いよいよ秋本番化と思ったら急に暑くなったり、何だか夏と秋がせめぎ合っている真っ最中であるというイメージを持ってしまいます。

今回は以前にもお話をしたことがあると思うのですが、いわゆる「成功本」について語ってみたいと思います。
成功本とはビジネス書のコーナーに並べられている、成功哲学や方法が書かれた本のことです。
今も昔も書店の花形なので、目にしたことある方、手に取ってみたことがある方、そして買って読んだことがある方は多いと思います。

こうした成功本には、いくつかの特徴があります。
すでに大成功をしている経営者などの言葉や生き様を紹介して、「このようにしたら成功できる」という答えを導くもの。
偉人などが遺した言葉の意味を研究して、そこから成功する生き方や考え方を解説するというもの。
まだまだあります。その他には「成功する習慣」「これをやれば成功する」というマニュアル、ハウツーものもたくさんありますね。
これだけたくさんの成功本があったら、これを読めば誰でも今すぐ成功できそうな勢いです。
しかし、実際にはそうではありません。これって、ナゼなのか考えたことはありませんか?

偉大な経営者がやってきたことと全く同じことをすれば成功するのであれば、私もそうしていたことでしょう。
成功している人は全員、その人自身が成功する方法を見つけて、それを実践しています。成功本にあった方法を丸々採用して実践して成功を収めている人は皆無だと言っても良いでしょう。

こうした成功本をたくさん読んでいる人を、「成功本マニア」と呼ぶことがあります。成功する方法を読みふけることで、自分が成功できる人間になっていることに快感を感じるというのが、実際のところです。
娯楽という意味で成功本を読むのであれば問題はありませんが、ほとんどの人は成功本を読む目的が「成功すること」だと思います。
その目的を考えた時に、方法論を成功本だけに頼るのでは力不足です。参考にできることはあっても、成功する方法はすべての人にとってオーダーメイドなのです。

成功することは手段であり、成功することで人生を豊かにしたり、普通の人にはできないようなことを実現したりするのが最終目的です。
その目的をしっかりと持てば、そのために何が必要かを考えることで自ずとオリジナルの成功哲学が生まれてくる・・・実際に成功している人というのは、これができている人なのだと思います。

日本人が思っている以上にメジャーな「ハノイ」

こんにちは、中野です。

すっかり秋本番、いかがお過ごしでしょうか。
日本はすっかり秋に突入していますが、まだまだ夏の気候が残る東南アジアの話をしたいと思います。

先日、知人がベトナムのハノイに行ってきました。ハノイというとベトナムの首都で、街の大きさでいうとベトナム南部のホーチミンと、北部のハノイという2大都市の一角です。
ハノイのことを色々と聞いているうちに、あることに気づきました。それは、私たち日本人はベトナムのことをあまりにも知らないということです。よく行っている人や仕事で関係がある人を除くと、普通の人はベトナムの首都がハノイであることも知らないというのも珍しくないのではないでしょうか。

しかし、世界がベトナムを見る目は違います。
もともとフランスの植民地で、しかもベトナム戦争でアメリカも関与をしたこともあって、欧米諸国からはかなりメジャーな国として知られているそうです。実際にハノイに行くと日本人には考えられないほど欧米人の姿が多く、仕事で来ている人、観光で来ている人が入り混じって国際色豊かな街になっているという話を聞きました。
今でこそ日本も観光客が多くなって外国人の姿を見ることも多くなりましたが、特に大阪の場合は大半が中国や韓国などアジア系の人たちです。日本はアジアの国なのでそれも当然と言いたいところですが、ベトナムだってアジアの国です。
まだまだ発展途上の国だということで日本人があまり関心を持たないうちに、ベトナムは見違えるほどの経済成長を遂げてメジャーな国となっているのです。もちろん日本など先進国からの援助や投資も力になっていると思いますが、それを成長力につなげたのはベトナムの人たちです。

これまた日本人があまり知らないことですが、ハノイでは日本からの援助で重要な社会インフラがいくつも作られているそうです。
ハノイのノイバイ国際空港、ハノイ市内からそこに行くための大きな橋(ニャッタン橋といいます)など、これがなければハノイはここまで発展しなかったとも言われています。ちなみにニャッタンとはベトナム語で日本のことで、日本からの援助で作られた橋なので日本の国の名前がついているわけです。文字通り「日本橋」ですね。
ベトナムでは子供にも教育されていることなのでよく知られているそうですが、日本人の中でこのことを知っている人は果たしてどれだけいるのだろう?と思ってしまいました。

何事にも興味を持って、それを踏まえて物事を考えることは大事です。
そこから何か気づきが得られるかも知れないので、こういう自分の知らない世界だからこそ先入観を持たず興味を持つようにしたいものです。

あのボブ・マーリィが遺した名言に共感

こんにちは、中野です。

今年の秋は妙に早く始まりましたが、それはそれで過ごしやすくいいですね。
朝晩はちょっと寒く感じるほどなので、もしかして冬が長くなるのでしょうか。

私はいつも、物事は感じ方ひとつだと言います。
同じ物事であっても苦痛と解釈するか成長のチャンスと解釈するかで全然結果が異なるというわけです。
それと全く同じことを、ある偉人が言っていることを知りました。その人とは、レゲエミュージックの神様、ボブ・マーリィです。
その言葉というのが・・・

Some people feel the rain, Others just get wet.

これを訳すと、「ある人は雨を感じるが、またある人は雨が降っても濡れるだけ」という感じになります。
これ、とてもいい言葉ですね。私はあまり詳しくないのですが、もしかして彼の曲の歌詞に出てくるフレーズなんでしょうか?
そうでなかったとしても、とても素敵です。

彼は雨に対してとても叙情的に捉えているように思います。何せアーティストなので、雨ひとつをとっても、「いとをかし」の精神で思いをめぐらせることができるのでしょう。
私はこの雨を、人が成長する時に必ずぶち当たる壁や逆境だと捉えました。志事と死事の違いを常々話していますが、死事になってしまっている人は雨が降っても濡れるだけなのでしょう。そして濡れたまま放ったらかしにして風邪を引いてしまう人もいます。
同じ雨でも何かを感じることができれば風邪も引かないですし、次に雨が降ったときは傘を持っているかも知れません。
そう思うと、濡れたままで終わらせるのはもったいないですね。

ボブ・マーリィのファンの方々はこの言葉を知っているでしょうし、彼が言わんとしている本当の意味もご存知かも知れません。
私の解釈はその意味と違うかも知れませんが、そこにもやはり物事の解釈の多様性があって良いのではないかと思います。

優しい心を持つ、育てる、ということ

こんにちは、中野です。

人としての成長には、「優しさ」という要素も重要だと思います。
人の気持ちになって考えるには優しさがないと始まりませんし、優しい心同士が共鳴しあった時に、真の信頼関係が生まれるのではないかとも思います。
では、その「優しい心」というのは、いったいどうやって作られるのでしょうか。そのヒントは幼児期にあるようなので、今回はちょっと幼児期の人格形成について語ってみたいと思います。
ちょっと長いです!すいませんが最後までお付き合いください。

人間の脳は3歳までに80%が完成し、12歳までに100%がほぼ出来上がってしまうそうです。そのため脳の発達が著しい時期に、脳に刺激を与えて、脳の発達を促すことが大事です。脳の発達が著しい時期に脳をどのくらい発達させたのかは子供の将来に大きくかかわることだけに、教育熱心な親御さんの中には英才教育に偏った幼児教育を行ってしまう人も多いですね。
確かに幼児期は脳が発達する時期なので英才教育も効果があるそうですが、逆に英才教育に偏り過ぎて、子供が勉強をきらいになってしまうケースもあります。
大人でも一夜漬けや詰込み式の勉強には苦痛を覚えるもので、私も十分すぎるくらい心当たりがあります(笑)
大人に比べて忍耐力も持久力もない子供の場合、これはなおさらです。そのため幼児期は知的教育だけに偏らず、いろいろなことを体験させて脳に刺激を与え、脳の発達を促すことが大事です。
そしてもうひとつ、幼児期の教育で考えなくてはならないのは、幼児期は脳の発達が著しいのと同時に人格の土台が作られる時期でもあるということです。幼児期に人格の土台となるものがどのように作られているかは成人した後も大きな影響を与えます。ここでようやく本題の、優しい心の話です。

幼児期は、脳の発達が著しいだけでなく、感情的な面や人間関係の面での大きく発達する時期です。子供は大人ほどに言葉を操ることができませんし、忍耐力や集中力もないので、遊びや日常生活の中で様々な知識や社会性、運動能力などを学び、吸収して成長していきます。
そしていろいろな体験をして知識などを吸収することによって好奇心や探究心、やる気、創造力などが鍛えられます。
日常生活を通して生活習慣を覚え、どのようなときにどのような態度を取ればよいのかを学習し、運動能力や積極性、自主性などを身に着けていくのです。
そうして作られた人格の土台は子供の将来、成人しても大きな影響を与えますし、小学校に就学してから大きな違いとなって現れてきます。

小学校就学前に探究心、やる気、創造力、運動能力や積極性、自主性などを身に着けている子供は、小学校に入ってからも先生の話をよく聞いて、その内容を考え、理解して問題をスムーズに解決していきます。しかし自立性や自律性、社会性といった土台ができていない子供は不安定な状態で成長していくことになります。小学校は3年生くらいになると考える問題が出題されるようになりますが、土台ができていない子供は問題の内容を落ち着いてゆっくり考えることができず、その結果、学力に大きな差が出てくるのです。幼児教育で英才教育だけでなく、人格を形成する土台作りが大事というのは、そのためです。
人格が形成されていない子供がそのまま大人になっても、優しい心を使いこなすのは期待できないでしょう。

さらに教育論を続けます。
アメリカの心理学者のサイモンズによる、子どもの性格と親の態度の関連性を分類したサイモンズ式分類では、幼児期の両親の接し方が子供の人格形成に大きな影響を与えると考えられています。
両親の子供への接し方は大きく分けると支配型、服従型、保護型、拒否型の4つに分類されるそうで、さらにこれらのタイプを組み合わせることによって過保護型、甘やかし型、無視型、残忍・残酷型があるといいます。
そして両親が子供を支配するように接する支配型では、子供は親の顔を伺うようになってしまい、自立性が未発達になるといったといったように、それぞれの型によって子供たちの人格に特徴ができるというのです。保護するだけでは自立心は育ちませんし、子供を拒否ばかりしていると、子供は不安定になってしまいます。それぞれの型は、どれかに偏るのではなく、支配と服従、保護と拒否といったように相反する型のバランスが大事といわれています。

・・・ここまで読んだ方の中には、なんとなく心当たりがあるとうい方もおられるのではないでしょうか?
人間の性格を4つの形だけに分類するのは乱暴だと思いますが、何となく「あるある」を感じました。磯一グループにはたくさんのスタッフがいるのでどうしても人をタイプ別に分類して考えたくなる時があるのですが、うまくいかなかった人ほど、ここに出てくるような「あるある」に該当しているような気がします。
人格形成が大切な時期に優しい心を見につけておくというのは、後々の人生に大きな影響を及ぼすということですね。そのほうが最終的に子供が出世すると思うので、何が一番大切かということを考える気づきの価値を感じさせられます。

少しの成長から、幸せが始まる

磯一グループには、働くことへのコンセプトとして、「少しの成長から幸せが始まる」という言葉を掲げています。これはいったいどういう意味なのか?ここで簡単に解説したいと思います。
元から磯一グループは、人が成長できる会社、人を成長させる会社であることを大きなテーマとしています。そこで働く人の成長がなければ、会社が成長するはずがないからです。まして飲食業は目の前にお客様がおられるわけで、お客様に成長を感じてもらうこと、そこに満足してもらうことでお金をいただいているのですから、なおさらです。
ここでいう成長にはたくさんの意味があります。自分自身の人間としての成長はもちろんのこと、これまで出来なかったことが出来るようになったり、これまで考えが及ばなかったところに考えが及ぶようになったり。これまで見えていなかった風景が見えるようになるのは、人は幸せを感じられるものです。
ただ、これだけでは人間面白くありませんよね。成長したからには、社会的にも評価されたいと思うのは当然のことです。会社に出来ることは、収入面で成長に応えること、成長に見合ったポストを与えること、会社としてその人のさらなる成長を応援すること、などです。
頑張れば、頑張っただけに成果は必ず得られる。それが確信できるからこそ、人は成長しようと頑張れるのです。たとえひとつひとつの成長は小さなことであっても、やがてそれは大きな塊となって、本人を幸せにしてくれるのです。

成功している人には必ず理由がある 後編

こんにちは、中野です。
先日「成功している人には必ず理由がある」というテーマで記事を公開しましたが、その時に書き切れなかった続きを書きたいと思います。
今回は後編なので、前編の話が分からないと何を言っているのか分からないと思います。この記事からアクセスをしている方はぜひ前編からお読みください。

私がよく原因自分説を唱えているのは、物事がうまくいかない時の原因は必ず自分にもあるという事実に気づいてもらいたいからです。
もちろんこれは全部とは言いません。物事がうまくいかない時、その原因は自分にあるということを前提にした上で、それが10%なのか、50%なのか、はたまた90%なのかということを考えると、原因と解決策の本質が見えてきます。
物事がうまくいかない時、その原因を他者に求めているうちは、いつまで経っても本質にはたどり着けず、結果として原因を解消することもできません。
少し胸に手を当てて考えていただきたいのですが、そんな心当たりはありませんか?
「あいつのせいでうまくいかない」
「あいつがいるからうまくいかなくなった」
その考えから解決法を見出そうと思ったら、相手に消えてもらうしかありませんよね。それでは解決とは言えません。
最近になって子供の喧嘩のようにののしり合っている某超大国の大統領と、某独裁者に似ているとも思えてきますね。
彼らの両方が原因自分説を少しでも意識したら、言葉の使い方も変わってくるでしょう。

話がそれましたが、原因自分説にもあるように、自分を客観的に理解することはとても大切だと思います。
ネット上で有名になっている、ある動画があります。これはそれまでの人生が幸せだった少女が、戦争によってどん底に落ちてしまうまでを描いたショートムービーです。「自分がどれだけ恵まれているか痛感できる90秒のビデオ」とも呼ばれてネット上で拡散しているので、これを一度見てみてください。

まさか自分がこんなことになるとは到底思っていない人が、その「まさか」に直面してしまう動画です。
さすがに今すぐこうなることはないでしょうが、これを見ると今の自分がどれだけ恵まれているか分かると思います。そんな自分を理解するためにもいいきっかけになると思います。
その上で、自分に何ができるか、自分は本当に人の役に立っているのか?を自問自答すれば、必ず素晴らしい気づきに出会えるはずです。

この手の話題になると言いたいことはいくらでもありますが、成功している人がたどってきた道には、必ずこうした自己理解や気づきがあるということですね。

成功している人には必ず理由がある 前編

こんにちは、中野です。
世の中はお盆休みモードに突入、各地で渋滞や鉄道、飛行機の混雑が報道されています。暑い中ご苦労様としか言えませんが、これだけの人たちが目的地に向かうという強い思いを持っているということでもあると思います。
目的に向かって強い思いを持つことは、帰省ラッシュひとつを取っても人としてのモチベーションなので尊いことだと思います。

さて、今回は成功している人がなぜ成功しているのかという理由についてちょっと気づいたことを書いてみたいと思います。
先日、ある人が「成功するかどうかは運次第」というニュアンスのことを話していました。同じ努力をしている人が2人いたとして、片方は成功をして片方は成功しなかった、そこにあるのは運という差だけというわけです。

なるほど、確かに言う通りかも知れませんね。
同じ努力をしたということで全く条件が同じなのであれば、その差は運だけでしょう。
しかし、私が思うに全く条件が同じということはほとんどあり得ないと思います。人はそれぞれ生い立ちも違っていて性格や顔つき、背格好も違うのですから、それらが全く同じでないと「後は運だけ」と言うことはできません。
何が言いたいのかと言いますと、成功している人にはもちろん運という追い風もあると思いますが、必ず何か理由があるということです。運だけで成功できるのであれば、世の中の人は全員が運任せで努力をする必要はないでしょう。
成功している人は運をも味方につけるほど努力をしていて、しかもその努力が正しい方向に向いていたはずです。
私がよく「仕事」と「志事」を区別する時に努力の正しい方向について話しているのも、同じ努力をしていてもそれが同じ方向を向いていなければ比較の対象にはなりません。いくら努力をしていると思っていて、実際にそうであっても、それが間違った方向に向いてしまっていては、成功はおろか逆効果になることだってあるのです。

結局のところ、全てはその人次第なのです。
その人が自分をどう理解して、その自分に足りないものをどう補うか。そして自分に出来ること、人より秀でている部分をいかに人の役に立てることができるか。
これが確実に機能している人は、時期の遅い早いはあっても成功する確率は極めて高いと思います。これまでに見てきた人たちのほとんどに当てはまることなので、これは想像ではなく実戦データだと思ってください。

極論を言えば、ある程度以上の能力を持っている人にとって努力は「誰にでもできること」なんです。
では、そこから先の差になるものとは?

このお話は、後編に続きます。

横文字だらけのビジネス用語ですが、実は言ってることはそんなに変わっていない

こんにちは、中野です。
いよいよ夏本番、とにかく暑い日が続きます。さすがに「ビールがおいしい季節」なんて呑気なことを言っていられないような気候です。

その暑さとは全く関係ないのですが、日本のビジネスシーンに長らくはびこっている横文字ビジネス用語について語ってみたいと思います。特にIT業界などでよく使われているものだとは思いますが、私たち外食産業の世界でも見聞きすることが結構あります。
例えば・・・

アサイン
アテンド
イシュー
エクスキューズ
メセナ
セグメント、セグメンテーション
エポックメイキング
ナレッジ
マイルストーン
バジェット
リテラシー
フェイズ
プライオリティ
ブランディング
プロパー
ベネフィット
リードタイム

ここまではカタカナですが、アルファベットの用語もありますね。

KPI
MTG
Win-Win
AIDMA

などなど。
ちょっと思い出しただけでもこれだけあるのですから、実際に使われている言葉はまだまだあるでしょう。それにしても、よくもまぁこれだけ言葉があるものだと思うほど、横文字のオンパレードです。
これだけの言葉について、全部意味を言える人なんてなかなかいませんよね?
私も全部の言葉を説明しろと言われても無理です(笑)

これだけ多くの言葉が登場していますが、そんなにビジネスの現場が変わり続けていて、それに見合う言葉がないのでしょうか。
そんなことはありませんね。
ビジネスの現場で大切にされていることは昔とそう変わっておらず、単に今どきの言葉に置き換えているだけです。なぜそう言い切れるのかといいますと、外食産業でも他の業種でも、大切なことは昔からそれほど変わっていないからです。やはり人間がやることですから、普遍的なことは昔と同じです。
これだけ多くの言葉が出てきて、おそらくこれからも出てくると思いますが、言っていることはそれほど昔と変わりません。

あまり目先の言葉にばかり目を奪われることなく、その言葉が意味していること、発信者が何を伝えたいと思っているのかを見極めることが大切だということはこれからも変わりません。
むしろ、こうして横文字を敢えて多用することによって意味を分からにくくしているものがあるとしたら、それは「うさん臭いもの」として考えた方が良いのではないでしょうか。

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