若手アスリートの活躍に思う、人の育て方

こんにちは、中野です。
ようやく空梅雨が続いていた中、まとまった雨が降りました。
雨は何かと不便ですし気分も晴れませんが、やはり自然が本来の営みを続けてくれることはありがたいものです。
これ以上空梅雨が続くと稲作に影響が出ると話しておられた農家の方もいたので、その方もヤレヤレというところだと思います。

最近、日本のスポーツ界がとても元気ですね。
特に若い選手の活躍が目立つので、そういった選手たちが活躍するたびに「日本は変わった」と思わされます。
テニスの錦織圭選手や卓球の張本選手、他にも水泳の若手やサッカーの若い選手たちなど、10代で早くも頭角を現して世界と互角に戦う先週が次々と登場しています。
さすが、やっぱり東京でオリンピックをしようという国だけに強化にも熱心なのか・・・というのが世の中の一般的な認識かも知れませんが、国が選手を強化しようと思って予算を組んだだけでは、ここまでトップアスリートが次々と誕生することは絶対にありません。
それで出来ることなら、日本は何だかんだ言ってもお金があるのですから、とっくに今のようにスポーツ大国になっていたはずです。

こういう若手アスリートの活躍を見るたびに、日本人アスリートの育成方法がいよいよ本当に効果のあるものになってきたことを感じます。
日本人アスリートと言えば、かつてはメンタルの弱さが指摘されてきました。練習量ではどこの国の選手にも負けていないのに、ここ一番になると実力を出せないということが当たり前になっていたので、今の若手アスリートたちが実力を十分に発揮しているのは、こうしたメンタルをうまくコントロールしているのが大きいと思います。
また、日本人にとってスポーツの練習とは根性論が長らく居座っているので、とにかくたくさん練習をしていればOKという風潮がありました。これが世界と戦って勝てないのはすでに実証済みなので、それを改めて機動的な練習内容に切り替えつつあるのも、昨今の活躍の理由だと思います。

実はこれ、スポーツ界以外にも言えることです。
最近になって声高に「働き方改革」なんて言っていますが、これも国として大々的にキャンペーンを張るようなことではなく、早くから気づいている人は気づいていたことです。
長時間労働がもたらす非効率やモチベーションの低下、それに対する評価が不公平だと優秀なスタッフが辞めていってしまい、さらに長時間労働のスパイラルに陥ってしまうというのは、どこの会社でも起こりうることです。
それを国がガイドラインを定めて・・・と言われても、それが現実に即していないことは、「プレミアムフライデー」の大コケを見ても明らかですね。月末の金曜日だけは早く仕事を切り上げましょうという言われても、その日がひと月で一番忙しいわい!とツッコミを入れた人が多かったのではないでしょうか。

人を育てるのがうまい会社は、何も特別なことをしているわけではありません。
大切な社員を丁寧に取り扱っているだけのことで、ほとんどは心がけから始まるものです。そんな会社からの働きかけがあるからこそ、社員もそれに応じて自分で成長していこうとします。
これが会社と社員の両方に大きなメリットをもたらすことが分かれば、おそらく日本中の会社がそうなっていくことでしょう。
少しずつではありますが、確実にその方向に向かっているのは確かです。
選手の育て方が変わっただけで、日本人アスリートはこんなに強くなりました。
人の育て方を変えれば、もっと強くなる会社はたくさんあると思います。

泣く子と地頭には勝てぬ?

こんにちは、中野です。
いよいよ梅雨入りをしましたが、まだ爽やかな日もあったりで春と夏がせめぎあっているような毎日ですね。

いきなりですが、「泣く子と地頭には勝てぬ」という言葉をご存知でしょうか。
もう古い言葉なので知らないという方も多いことでしょう。磯一グループのスタッフ中でも知っている人はほとんどいないような言葉です。
地頭とは、かつていた役人のことです。年貢の徴収において強権を発動して厳しく取り立てていた人たちのことです。現代の税務署も十分厳しく取り立てている気がしますが・・・それは別の話ですね(笑)
この地頭に目をつけられてしまうと痛くない腹まで探られてしまうのではないかというわけで、とにかく多くの人々から恐れられる存在でした。

そこでもうひとつの「泣く子」です。
これは言うまでもなく一旦泣き始めたら手がつけられなくなった赤ちゃんのことです。
飛行機や新幹線の中で赤ちゃん連れの人は必ず何組かいますが、その中の赤ちゃんが泣きやまず延々と泣き続けているような場面に出くわすことがあります。
人間誰でも赤ちゃんの時があって、親にさんざん手こずらせたはずなのですから、それもひとつの成長くらいに思っておけば良いのですが、それを「うるさい」と感じる人も少なからずいます。
ひどい場合は「うるさい!」と言ってしまう人もいますが、こういうところに人の器が出るのではないかと思ってしまいます。先ほども言いましたが、人間には誰しも赤ちゃんの時期があって、少なからずどこかで泣きわめいて親だけでなく色々な人を困らせてきた「武勇伝」を持っているはずです。
その上で「うるさい!」と言うのですから、よほど我慢できなかったのかも知れませんが、そもそも人の多い場所に行くと何らかの騒音はあるわけで、それ以外にも色々な音が入り交じっているので静かな場所を求めるのであれば人のいないところに行くしかありません。

親にしてみれば、泣く子の恐ろしさは子供を持っている人同士の「あるある」です。一番泣いてほしくない場所で大泣きされて全く泣き止まなかったといったエピソードは、全ての親御さんにとって何らかの心当たりがあると思います。
だからこそ、そういう人たちはよその赤ちゃんが泣きわめいていても、そのことを非難したりはしません。内心はうるさいなと思っていても、それを口に出すことはしないでしょう。自分も同じ苦労をしているので、批判をしてどうにかなるものではなく、親が余計に困るだけだと知っているからです。
この場合、子供を持つ親となった人が子育てで苦労をしたことでひとつ成長をしたと考えることができます。「うるさいけれどお互い様」と考えることができれば、ギスギスした雰囲気にもなりにくいでしょう。

話を「泣く子と地頭」に戻しましょう。
今も昔も泣く子というのは地頭と同じくらい恐ろしい存在で、それを止められる人はいないということです。その苦労を知ることを人は親となり、大人の振る舞いができるようになっていくのだと思います。
必ずしも子供を持つ親がそうなるとは言いませんが、人として成長するための大きなプロセスであることに変わりはありません。やはり人間は、かなり苦しくなるほど追いつめられるような経験をしてはじめて、そこで何かに気づき、成長できるということですね。

サービス料って何の料金?

こんにちは、中野です。

ゴールデンウィークが明けてからというもの、なかなか上がらなかった気温がぐんぐん上がって夏のような日も多くなりましたね。
そうなるとビールが美味しい季節の到来です。

ビールを飲む場所と言えば居酒屋やビアホール、バーなどが思い浮かびます。
これらの場所は全て、サービスが商品のひとつになっている業種です。もちろん磯一グループも居酒屋という飲食業なので、サービスも重要な商品です。

今回は、この「サービス」について語ってみたいと思います。

サービス業の中でその究極の存在と言えば、ホテルです。その中でも高級ホテルと呼ばれるようなところは、サービスがとても行き届いていて気持ちよく滞在できるような仕組みが作り上げられています。

こうしたサービス業では、「サービスは無料ではない」という考え方があります。マクドナルドが「スマイル0円」というキャッチコピーを長らく使い続けていますが、これはあくまでもスマイルは0円ですが商品を出してくれたり、店内を清潔に保ったりというサービスが提供されており、それは商品代金の中に含まれています。
スマイル0円という言葉があること自体、本来は無料ではないという意味でもあるわけです。

このサービスは、サービス料という名目で請求書に記載されることもあります。
居酒屋や飲み屋では突き出しやチャームと呼ばれる、ちょっとしたおつまみを出すことがありますが、これも実は有料です。テーブルチャージといってその席を使うことに対する料金を支払ってもらう代わりに、ちょっとしたおつまみを出してサービスを提供しているわけです。

ノーチャージを売りにしているバーも多いですが、こういったお店では突き出しが出ることの方が少なく、純粋に飲み物の代金だけを請求する一方で接客などのサービスはそれほど重視していないというシステムです。

このサービス料について、ホテル業界にはこんな考え方があるそうです。

  • サービス料と同額のサービスを提供したのであれば、等価交換。
  • サービス料以上のサービスを提供できたのであれば、お客様満足。
  • サービス料以下のサービスしかできなかったのであれば、その分は詐欺。

さすがに「詐欺」という言葉はちょっと刺激的な感じもありますが、ホテルの研修でそんな話がされることもあるそうです。

居酒屋ではテーブルチャージという形で明細に記載されるので露骨ではないかも知れませんが、ホテルでは「サービス料」という名目ではっきりとサービスが有料であることが示されるので、余計にその考え方が先鋭的になるのでしょう。

ホテルは究極のサービス業なので、そこから学ぶ点は大いにあります。
居酒屋では接客というサービスを提供することでお客様からその対価をいただいているのですから、サービス料が詐欺になってしまっては飲食店として失格です。
ホテルは宿泊や滞在という、生活のほぼすべてをカバーするようなサービスが提供されるので差が出やすいと思いますが、飲食店は衣食住の中で「食」にのみ関わる業種です。

サービスが無くても良いのであれば、缶ビールを買って家で飲んでも同じことです。しかし、飲食店に足を運んでおいしい料理と一緒にビールやお酒を楽しみたいというお客様は、サービスという目に見えない商品を購入しています。

そのことをスタッフの一人一人がしっかりと認識して、「自分のサービスにお金を払ってもらっている」「自分のサービスを買ってくれている」という気持ちを持てば、細かいことに至るまで行動が変わってくると思います。

ホテルマンの所作が隅々まで行き届いているのは、まさにこの意識が徹底されているからでしょう。居酒屋に置き換えてそれを実践すれば、その人はさらに高いステージの人材となるはずです。

あの不倫騒動でも発揮された「人気は一瞬、人望は一生」の教え

こんにちは、中野です。
世の中はゴールデンウィーク目前、連休に何をしようかというワクワク感があちこちに溢れている季節ですね。この時期は連休があるというだけでなく、初夏という一年の中でもとても快適な時期なので、その意味でもワクワク感を与えてくれます。

さて、今回は人望の大切さについて語ってみたいと思います。
ちょっと古い話になりますが、去年の初めに世の中を大いに騒がせた報道がありました。そう、タレントのベッキーとゲスの極み乙女。というバンドのボーカリストである川谷絵音の不倫騒動です。それまで恋愛事とも無縁というイメージが強かったベッキーと、バンド名がそのまま体を表していることが話題性を高めた両氏による不倫はLINEの会話まで明るみになり、日本全体が蜂の巣をつついたような状態になりました。
ことの顛末は今さら説明するまでもありませんが、その後の動きでとても如実に感じたことがありました。それは、私がよく言っている「人気は一瞬、人望は一生」という言葉です。
この言葉を、去年の騒動に当てはめてみましょう。そこには「魅力」と「認知」の違いがあるように思います。

騒動までのベッキーは多数のレギュラー番組を抱え、CM女王とも呼ばれるほどの売れっ子でした。騒動で降板した番組やCMの損害が10億円とも言われていたことでも、その売れっ子ぶりが分かります。騒動からのベッキーは表舞台から姿を消し、自宅に引きこもっているとも言われる時期が長く続きました。
私の個人的な意見としては大の大人が勝手にやっている恋愛なので別に謹慎する必要もないと思いましたが、世の中はそうではありませんでした。イメージとは違うことをしたベッキーを許さなかったのです。
一方の、川谷絵音はどうでしょうか。テレビなどからは姿を消しましたが、バンドとしての活動は続けていました。ミュージシャンの本業はライブなどのバンド活動なので、それは続けていました。ちょうどタイミングよく発売されたアルバムも飛ぶように売れ、騒動をものともしない様子でした。
この両者の違いは何だったのでしょうか?

私が思うに、ベッキーは売れっ子でしたがたくさんの人に「認知」されていただけだったのではないでしょうか。多くの人に知られてはいるが、特定のファンがいるわけではなかったので、イメージを崩すような騒動を起こすと表舞台から消えざるを得なかったのです。
一方の川谷絵音は、ゲスの極み乙女。での音楽活動を通じてファンがいるので、不倫騒動と音楽活動は関係ないと思ってくれるファンが詰めかけてくれるおかげで音楽活動を続けることができました。テレビに出さないという圧力が加わったとしてもライブやアルバム販売という音楽活動には特に支障がなかったわけです。つまり、川谷絵音には認知ではなく「魅力」があったのです。

人望という言葉とは意味が違うかも知れませんが、芸能界にベッキーの代わりはいましたが、音楽界に川谷絵音の代わりはいなかったのです。
「人気は一瞬、人望は一生」という言葉とは若干意味合いが違いますが、単なる人気取りだけではその人の引力は続きませんが、その人が持つ魅力によって得られた人望は一生モノだということですね。
人はどうしてもその時の人気や注目度、よく思われたいという思いを優先してしまいがちですが、本当に信頼される人、その人の代わりはいないと周囲が思える人になることが、人として本当の成長なのです。

最後に。
騒動でどん底に落とされたベッキーが再び芸能活動を再開しています。一度地獄を見て這い上がってきたベッキーの姿は、去年のベッキーではありません。何か吹っ切れたような様子も見られるので、これからのベッキーはたくましく「人気」ではなく「魅力」で勝負をしていくことでしょう。

その職場は、本当にブラックですか?

こんにちは、中野です。
今年の春はなかなか暖かくならないと話題になっていましたが、いよいよ春が本気を出してきて暑く感じる日も多くなってきました。このまま一気に夏への階段を駆け上がっていくんでしょうか。
もう少し、春を楽しませてほしいと思う今日この頃です。

このブログで、「事実は1つ、解釈は2つ」という言葉についてお話をしました。
それについて補足したいことがあったので、もう少し別の切り口から語ってみたいと思います。
なぜなら、最近よく言われる「ブラック企業」という言葉についてちょっと気になることがあるからです。
ブラック企業とホワイト企業という言葉があります。ブラック企業は安い給料で長時間労働を強いられる職場で、間違ってそんな会社に勤めてしまったらお先真っ暗・・・とそんな感じでしょうか。ホワイト企業というのは、その反対です。
いったいいつから、企業のことをブラックとホワイトという色で分けるようになったのでしょう?
少なくとも、私が働き始めた頃には、そんな言葉はかけらもありませんでした。

私はこの世界を、寿司職人から始めました。
目的はひとつ、社長になりたかったからです。寿司職人になって腕を磨けば自分の店が持てる、それなら社長になれるじゃないかというわけです。
そんな思いで高校を中退した若造が寿司屋の見習いとして働き始めたわけですが、その当時の寿司職人見習いなんて、今のブラック企業が聞いたらドン引きするんじゃないかと思うような職場でした(笑)
下積みとはそんなもの、という思いで働いていたのであまり疑問に感じなかったのと、やはり将来は自分の店を持ちたいという思いがあったので必要なプロセスだと思えたので頑張れました。

ところが、今はどうでしょう。
ブラック企業はけしからん!という風潮があるので、当時の私が置かれていたような状況にある人が「うちの職場はブラックだ」と思ってしまい、辞めるかネットに悪口を書き込むかといった行動に出る人もいます。
確かにブラックな職場は若い人の可能性を積むこともあるのでけしらかんと私も思いますが、そんな環境に自分を置いて努力したいと思う人もいるはずです。そんな人が文句を言わずに頑張っているのに、そこにまで第三者が押しかけて行って「ブラックだ!」と指摘を浴びせるのはどうなのかなと思います。

私がいつも言っている「事実は1つ、解釈は2つ」に置き換えてみましょう。
見習い当時の私がいたような職場はとても大変でしたが、「将来のために必要な経験」と思うのか、「ブラックだ」と思うのか、それでその後の身の振り方は大きく変わります。
ブラックだと解釈してその職場を離れた人は楽になれたかも知れませんが、同時に自分が目指す道を閉ざしてしまった可能性もあります。

それともうひとつ、今の若い人は踏ん張りが効かないと言われることが多々あります。
全員がそうだとは思いませんが、確かにちょっとしたことですぐに仕事を辞めてしまう若い人が多いなと感じるのも事実です。
そんな風潮に、職場をブラックとホワイトで分ける考え方が関係しているのは間違いありません。仕事がうまくいかない時、苦労している時に、「職場がブラックだから自分は悪くない」と思ってしまうと、その人の可能性は大幅に狭くなってしまいます。それよりも楽な仕事でないと頑張れないからです。
そんな人を見た時、ブラック企業が職場との折り合いがうまくいかない時に使える便利な言葉になってしまってはいませんか?と思ってしまいます。

事実は1つ、解釈は2つ。
プラスの方向に考えて頑張ってみて、それでもうまくいかない時。頑張ってみたけれど身体が持たない、心が折れてしまった・・・一度頑張ってみた時に初めて、その人にだけその職場がブラックなのかどうかを判断できる資格があるのだと思います。

下積みは苦労してナンボ、若いうちはこき使われても当然・・・そんな考えは、私も古いと思います。事実、磯一グループではそんな人の使い方は絶対にしません。
理由は簡単で、昔とは価値観が変わっているので同じ考え方では今の人に通用しないからです。今の人は自分の成長のために必要なことは何かということを理解しないと動かない、とよく言われます。
確かにそうかも知れません。それなら、理解してもらえるように説明をして、伝えて、気づいてもらえばいいのです。
磯一グループには、それができる人がたくさんいます。だからこそ、新しく入ってきた人もそんな人を見て、頑張れるのです。
磯一グループは飲食店を運営する企業ですが、それと同時に人が成長できる場所でありたいと常々思っています。このブログのサブタイトルにも、その思いを込めています。

今の時代には、今の時代にふさわしい頑張り方、成長のし方があります。
その職場に入る前からブラックなのかホワイトなのかを考える前に、自分を成長させることができるかという視点を持つことが大切なのではないでしょうか。

「死んだつもりで頑張る」ということ 後編

こんにちは、中野です。
「死んだつもりで頑張る」という言葉についての考えを前編から述べていますので、今回はその続きです。後編から読んでも意味が分からないと思いますので、ぜひ前編からお読みくださいね。

4月20日という「しに番」でスタートした、磯一グループ。
とても縁起が悪い日にスタートしたのだから、もう後は上に行くしかないという前向きな解釈をしました。
この思考は、私が大切にしている「事実は1つ、解釈は2つ」という原則に基づいています。「しごと」という言葉を「志事」と「死事」という2つの漢字で表現しているのもまさにそれで、同じ仕事に取り組むのであってもその考え方や姿勢によってプラスにもマイナスにもなるということです。

話を戻しましょう。
この「しに番」は、普通に考えれば飲食業を営む人が忌み嫌う縁起の悪い日付ですが、だからこそ「これ以上悪くなることはない」というプラスの解釈をしたわけです。これなら、「しに番」も「もしかしたら、いい日なのかも?」と思えてきませんか?
一事が万事、この思考ができる人というのは目の前にある苦労や逆境をチャンスだと捉えることができる人なので、どんなことでも自分の糧にして成長していくことができるでしょう。
これは私がいつも磯一グループのスタッフにも伝えていることです。この考え方を理解して、気づき、自分で考えることが出来る人はお客様や周囲から信頼され、自分自身でも満足のいく人物になれているはずです。

今、置かれている状況が満足できないという方、納得のいかないことがあるという方。その方にお伝えしたいことは、もう言うまでもありませんね。
それはもしかすると、今後得ることができない大きなチャンスかも知れませんよ。
どんな物事であっても、事実は1つです。
しかし、解釈は1つではありません。プラスとマイナス、陰と陽、志事と死事。
2つある解釈のうち、自分を楽にしてくれる解釈、自分を成長させてくれる解釈に、今後進むべき道の正解があると思います。

「死んだつもりで頑張る」ということ 前編

こんにちは、中野です。
いよいよ春本番、桜の便りが全国各地から届いてお花見を楽しんでいる人たちの光景を目にすることも多くなりましたね。
こうして桜の下で幸せそうにしている人たちを見ると、やっぱり日本人は桜が好きなんだなぁと改めて思います。これだけたくさんの人を幸せにしてくれる桜の木々に感謝です。
そんな桜には、花見を楽しむという意味とは別に散り様を楽しむという見方があります。散る=死ぬという意味から昔の武士や軍人たちには「死に場所を探す」なんていう言葉もありました。
そんな物々しいことではなく、今回は「死んだつもりで頑張る」という意味について語ってみたいと思います。今回も長くなるかも知れないので、その場合は2回に分けます(笑)

「死んだつもりでやる」「死ぬ気で頑張る」という言葉は、結構あちこちで見聞きします。でもそれって、どこか言葉だけが簡単に使われすぎているような気がしませんか?
「死んだつもりで・・・」と簡単に言う人ほど、本当に死ぬ気でやっているようには見えないようにも思います。もちろん、全員がそうだというわけではありませんが。
私、中野も現在に至るまで何度も「死んだつもりでやる」という覚悟を求められる場面がありました。そして、実際にそうしてきたつもりです。

その証拠(?)に、磯一グループの創業は平成11年4月20日です。
4と2という、「死に」を連想させる番号や日付は「しに番」と呼ばれ、飲食業界では縁起が悪いとされています。実際に、「しに番」に関係するような日付で新規開店をするお店はごく稀でしょう。人が集まって来てくれてナンボの商売だけに、縁起を担ぐ経営者は多いのです。
これはもちろん、飲食業の世界だけの話ではありません。他のあらゆる業種や、アスリートなどにも見られる傾向です。
しかし、私はあえてこの日を選びました。そこには「死んだつもりやる」という覚悟を込めたかったからです。
人間、死ぬ気でやれば何でもできるという言葉があります。それまでに積み重ねてきた経験や知識を投入して新たに事業を始めるのですから、死ぬ気でやるという覚悟が必要なのは言うまでもありません。
失敗しても仕方ないかな、と思いながら始めるのであれば、最初から始めないほうが良いと思います。

それともうひとつ、「しに番」で始めるということは縁起が悪いので、「これ以上悪いことはないので、後は上に行くだけ」という思いもありました。
この思考はとても大切なことなので、後編で改めて語りたいと思います。
(後編に続く)

独立して自分のお店を!とい思いが強い人ほど、やっておくべきこと 後編

こんにちは、中野です。
新学期、新年度、新社会人・・・「新」の文字が似合うこの季節、磯一グループでも新しい自分をスタートさせる人がいます。その人ともども、ぜひ希望を胸に頑張ってほしいと思います。

さて、前回「将来自分の店を持ちたい人に伝えたいこと」を前編としてお話ししました。あれでもかなりスリムにしたつもりでしたが、やはり長くなってしまいました(笑)
その時に予告した通り、今回はその後編です。今回は人との関わりです。
私が自分の店を始めた時、あまりにも仕事に頑張りすぎたことがたたって、年末の大事な時期に倒れてしまったことがありました。自分がいなければ何も始まらないのにどうしよう!と思っていたのですが・・・。
いざふたを開けてみると、私がいなくても店はちゃんと回っているではありませんか。
そうです、一緒に働いていたスタッフが頑張って、店を守ってくれていたのです。それまで独善的になっていた死事に気づいた瞬間でした。自分一人できることは限られているが、仲間と一緒にやれば大きなことができる本気で感じた瞬間でした。
だから、今も磯一グループでは能力のある人、やる気のある人にどんどん大事な役割を任せています。私が突然いなくなっても、優秀なスタッフのおかげで磯一グループは回ってくれるでしょう(笑)
ここで大切なのは、人を信頼することです。

人に仕事を任せるのは、簡単です。しかし、任せきるというのは意外に難しいことです。
ちゃんとやっているのか気になったり、そこで何かミスが起きたら責任を追及してしまったり。これでは任せたとは言えません。
任せた以上、その人のやり方に委ねます。そして何かあった時の責任は任せた人が取る。これが、任せるという言葉の本当の意味であり、そこからしか信頼は生まれません。
私は倒れた時にようやくそのことに気づきましたが、これから自分の店、自分の商売を考えている方は、必ず人を使うことになります。その人をいかに信頼するか、そして信頼してもらえるか。そこにあなた自身の器量が問われていると言っても良いでしょう。

今の身の回りを見てみてください。
職場の仲間、上司、部下、友達、恋人、家族、知り合い・・・あらゆる人間関係の中で自分の責任において物事を任せられる人がどれだけいるか?それを自問自答することから始めてみると、効率よく意識を高めることができると思います。

独立して自分のお店を!とい思いが強い人ほど、やっておくべきこと 前編

こんにちは、中野です。
いよいよ春到来、暖かいを通り越して暑い日も多くなってきました。世界では相変わらず色々なことがありますが、それでも季節の移ろいは確実にその営みを続けていることに尊厳を感じます。

今回は、飲食業界では半ば当たり前になっている独立について思っていることをお伝えしたいと思います。飲食業界で働く人、働こうと思っている人の多くは、「いつかは自分の店を」という思いをお持ちだと思います。
このこと自体は、とても大切なことです。一国一城の主(あるじ)になることは尊い夢であり、特に男性の場合はそんな野心も成長には欠かせません。
事実、磯一グループ各店にも将来の夢を抱きながら自分を磨き続けている人がたくさんいます。そして、これまでに何人もその夢をかなえて自分の店のオーナーになった人もいます。

これから、その世界を志している人に私の視点からお伝えしたいことがあります。
こういう話をすると、お伝えしたいことが多すぎて1回では書ききれないと思いますので、2回に分けます。
今回は自分の成長に必要なものについてです。次回は、そんな自分をサポートしてくれる人の必要性です。

私はよく、「しごと」という言葉に「志事」と「死事」という漢字をあてて表現しています。モロにそのタイトルの本も作りました。この両者に大きな違いがあるのは漢字のニュアンスからもお分かりだと思いますが、怖いのは見た目の違いが分かりづらいことです。
毎日の仕事に一生懸命取り組んでいるように見えても、その中身によって志事と死事に大きく分かれてしまうのですから、本当に厄介です。

私は以前、寿司職人をしていました。寿司職人が覚えるべきことはたくさんあるので、それを覚えるために毎日一生懸命働きました。目的はもちろん、自分の店を持つためです。本の中でも述べていますが、社長になるというシンプルな夢を持っていました。
そして念願かなって寿司店を任せてもらえたのですが、これが大失敗でした。毎日頑張っているつもりでしたが、寿司を握る技術的な部分にばかり目がいってしまい、目の前にいるお客様のことを考えられていなかったのです。
しかも、一緒に働いている仲間を信頼できていませんでした。そんな店が流行るはずもなく、結果は大失敗です。私の頑張りは死事となってしまったのでした。

では何が志事なのかというのは、このブログでも何度も述べてきています。磯一グループのホームページにもその記載があるので、参照してみてください。大切なのは人を相手に商売をしていること、人と一緒に働いていることを認識することです。
プロダクトアウト、マーケットインというマーケティング用語があります。前者は「良いものを作っていれば売れる」という考え方で、後者は「消費者の選好を知り、それに応えるものを作る」というものです。発想のスタート地点が全くの逆で、どちらが売れるかは言うまでもありません。飲食店であれば、これはなおさらです。

将来の自分のために飲食店で頑張っている方、これから頑張ろうと思っている方は、ぜひともこのマーケットインの思考を持ち続けてください。
どうやったら喜んでもらえるか、また会いたいと思ってもらえるか、また来たいと思ってもらえるか、それを考え続けることでしか、志事の答えは出ません。

ファミレスの深夜営業見直しについて思うこと

こんにちは、中野です。
いよいよ春はもうすぐ、いえ春が来たと思うような日も多くなってきて、何だか気分も開放的になってきますね。
私たち日本人は桜が咲いてこそ初めて春だと思うような部分があるので、桜が咲くのを楽しみに心待ちにしています。

最近、外食産業にある傾向が見られます。それは、ファミレスの深夜営業が続々と取りやめになっていることです。24時間営業をしていたファミレスが0時までになったり、11時までになったり、と営業時間を短縮しています。
私が若い頃はファミレスといえば、夜中に友達と粘れる居場所としておなじみでしたが、今の若い人はファミレスで夜中に粘るということができなくなってきているわけです。

これには、いくつかの理由があります。
最大の理由は、24時間営業の人材を確保するのが難しくなってきていること。深夜労働は法律の制約がある上に人件費が高くなるのですが、それに見合った来客があるかというと、そうではないようです。私のように深夜のファミレスで粘るというようなことをする人が多ければ、そう思われても仕方ありませんね(笑)
もうひとつの理由が、客足の変化です。同じく深夜営業が売りのコンビニに客足を奪われていて、それが深夜営業の意味合いを薄れさせているんだとか。コンビには物販店で、ファミレスは外食店です。この両者がバッティングするのかと思いきや、今ではコンビニで美味しいコーヒーが飲めたり、お酒や食べ物、スイーツなど何でもあります。これを家に買って帰って食べられてしまっては、ファミレスは商売上がったりです。

若い人の消費がスマホに向かってしまい、クルマなど他のものに回らなくなったと指摘されて久しいですが、ファミレスに行くくらいならコンビニで食べ物や飲み物を買い込んで家でスマホゲーム・・・というライフスタイルの人が多くなれば、ファミレスが夜中に魅力を感じなくなるのは当然でしょう。

これは居酒屋にも言えることで、お酒を飲まない人、飲む人であっても外で飲まない人が多くなったことで大手の居酒屋チェーンが苦戦を強いられています。
深夜に外をウロウロするのも良し悪しですが、あまり家にこもってばかりいるより外に遊びに行きたいと思わないのかな、というのは古い考えなのかも知れませんね。

1 2 3 4 5 21 22